エチオピアの首都であるアディスアベバにいる。標高2400メートルと、世界でも三番目に高いところにある首都である。空気が薄いため、ディーゼルエンジンが不完全燃焼で走るらしく、大気汚染が進んでいて、その日は空気が灰色に霞んでいた。しかし、今まで周った国の中で1番良かった国は?と良く聞かれるが、1番は決められないものの、訪れた国の中で良かった国の1つは間違いなくエチオピアだ。エチオピアはアフリカ諸国の中で、唯一、欧米諸国に植民地化されなかった国だ。そのため、独自の言語であるアムハラ語や民族の独特の文化や風習が色濃く残っている。人々はピュアで優しい。そして、アフリカの中でも特に美しく気高い人々とも言われている。

 そんなエチオピアの首都であるアディスアベバの中に彼女のアトリエはあった。彼女の名前は鮫島弘子さん。世界最高峰の羊革「エチオピアシープスキン」を使用したラグジュアリーなレザーブランド『andu amet(アンドゥアメット)』の代表だ。

 鮫島さんの第一印象はオープンでハッキリと物を言う「女性社長」だった。しかしスタッフ一人一人を職人としてリスペクトしながら接する彼女の1つ1つの行動を見ているうちにスタッフへの深い愛情を感じ、「お母さん」のような優しさ、暖かさを感じた。そして、その愛情は商品にも受け継がれていた。一つ一つの商品には愛情が詰まっていて、手に取る人が何年も使えるようにと、商品を自分の子供のように丁寧に扱っている。

 職人たちと楽しそうに話をする鮫島さんは、流暢にエチオピアの言語であるアムハラ語を話す。現地のお正月を手料理でもてなして一緒に祝ったり、2泊3日で社員旅行に連れて行ったりもしている。社員旅行の習慣がないエチオピアでは珍しいことだ。それが人生で初めての旅だったという職人もいたらしい。オフィスに貼られた写真の皆の楽しそうな笑顔からも彼女の愛情が伝わってくる。

 働くスタッフにはアムハラ族、グラゲ族、オロモ族、ティグレ族など、いろいろな民族がいるという。それぞれの民族に言語はあるものの、共通言語は公用語であるアムハラ語。オフィスで新年などを祝う時には、それぞれの民族の習慣を取り入れているという。

鮫島 多様性を無理して作ったわけではないんです。エチオピアはもともと多様性があるので自然と多様性が出てくるんです。

 もともと鮫島さんは青年海外協力隊員としてエチオピアでデザイン指導を行っていた。以前日本でプロダクトデザイナーをしていた頃から大量生産・消費に疑問をもっていた鮫島さんは、世界最高峰と称されるエチオピアシープスキンと、情熱のある職人に可能性を感じ、エチオピアで大量生産・消費とは真逆のブランドを立ち上げることを決意する。

 エチオピアシープスキンは触ると繊細で柔らかいのに丈夫。日本ではあまり知られていないがそのクオリティは世界の皮革業界では高く評価されており、超高級ブランドの革製品の素材として使用されてきた。

鮫島 原料だけ輸出し続けていても、付加価値が低いのでエチオピアに落ちるお金はごくわずかだし、技術も永久に育ちません。それにその原料が、イタリアでなめされたらイタリア製の革になり、フランスで縫製されればフランス製のバッグになって評価されても、エチオピアの名前が表にでてくることはほとんどありません。原材料の輸出に依存するのではなく、高品質な最終加工品を製造できる体制を持った皮革産業を現地で育成することが大切だと感じました。

鮫島 製造は一つ一つ丁寧に作るのですごく時間がかかります。指導に見えた日本の職人さんが現場をご覧になってこんなに丁寧に作っているのかって逆にびっくりされるんですよ。でも、それってゆっくりとした時間が流れるこの地だからこそできる最高の贅沢。環境にも人にも優しい製造工程にこだわっていますが、せっかく作った製品を使ってもらえず短い期間で捨てられてしまったら、機械で量産したファストファッションと変わらないんです。長く大切に使ってもらいたいと思うから、製造も手間ひまかけて心を込めてじっくり作るのです。

 エチオピアのビジネスで難しいことの一つに、情報収集があげられるという。インターネット上で開示される情報は限られており、役所などの現場で得られる情報も精度もが極めて低い。決まりもしょっちゅう変わるし、その変更が開示もされないことも多い。危険、理不尽なこともたくさんある。また、外資規制が厳しいため、民間企業が投資するにはエチオピアはハードルが高い。そんなエチオピアにある日系の現地法人はたったの3社。在留邦人は約200人と少数で、そのうちのほとんどはJICA(国際協力機構)の青年海外協力隊など期間限定で派遣された人々だ。

 その中で、鮫島さんはたった1人でエチオピアに会社を起こし、職人を雇用し、生産を始めた。

鮫島 現地法人の登記の時は大変でした。もっともその後もずっと大変ですけど。(笑)

 そんな中でエチオピアの職人と作り上げたandu ametのバッグは、ふわりと柔らかく、赤ちゃんの肌のようなしっとりとした極上の肌触りと、アフリカの美しい自然や日本の伝統美にインスピレーションを得たという独特のデザインが印象的だ。

鮫島 andu ametのバッグの値段は、デフレの日本市場では確かに高価格に映ると思います。が、この価格帯でこの品質の革をこれだけ贅沢に使って、しかも手作業で一つ一つ丁寧に作られている製品は他にはまずありません。見てるだけでも元気になるようなカラーリングも特徴の1つです。私は美しい自然など、エチオピアからたくさんのインスピレーションやパワーを得ています。そのようなパワーをお届けできたらなと思い、手に取っただけで幸せになれるようなデザインを意識して作っています。

 andu ametでは、持続可能性や現地での自立性を重視し、できる限りエチオピアで入手可能な材料や道具を使用することを心がけているという。専門道具の多くは現地で入手が不可能なものだが、これらは金属を削ったり、木材を組み立てたりして自作している。

 また環境にも配慮をしている。例えば、材料となる皮革は現地の革なめし工場から調達しているが、鮫島さんはご自身でエチオピアの革なめし工場に定期的に訪れ、浄化システムが完備されていることや、それらがきちんと稼働していることなどandu ametが求める条件を常に満たされているところとのみ取引をしているという。皮をなめすときに使用する薬品は、そのまま排出されてしまうと化学変化を起こし、土壌や水質を汚染する可能性があるため、革なめし工場は薬品を浄化するシステムの完備が義務付けられている。そのためどの工場でもそれら取得していることを示す認証は持ってはいるが、実際に足で訪れ、視察すると多くの工場ではその肝心のシステムがきちんと稼働していない事が多いのだそうだ。そういった革なめし工場の周囲での土壌汚染や水質汚染が近年問題となっているらしい。

鮫島 現場にこまめに自分の足で訪れ、自分の目で確認することは非常に大事なことです。andu ametでは製造はもちろん目の行き届く自社の直営工房で行っていますが、素材の調達先など外部取引先の現場にも頻繁に訪れ、密なコミュニケーションを図るようにしています。それでも色々な問題は起こるのです。国の認証があるから大丈夫というわけにはいかないのが途上国の現実です。日本のフェアトレード、エシカルブランドは、残念ながら1年に1、2度ぐらい現地視察して終わりというようなところがほとんど。現地の課題にどれだけ向き合えているのか疑問に思うことはあります。消費者の方も厳しい目で見るべきだと思います。そういうことがエシカルファッション/フェアトレードのシーンを向上させると思うんです。

 鮫島さんの活動には一貫した考え方と情熱、エチオピアへの愛情を感じずにはいられない。その姿勢は、フェアトレードが大事だから頑張ってフェアトレードをしようとするのではなく、『エチオピアへの愛情からくる行動の1つ1つが一般的にフェアトレードと呼ばれていた』ように感じるぐらい自然だ。

鮫島 「かわいそうな人を助けるためにこの製品を買ってあげよう」という考え方は一見親切に見えますが、対等とはとても言えず、双方のギャップは埋まりません。これはフェアトレードの本来あるべき姿とは大きく異なります。フェアトレードだから、メイドインアフリカだからということではなくて、デザイン性も品質も高く、皆から欲しいと憧れられるようなものを作り、きちんとブランドとして価値をつけて販売していきたい。そもそもフェアな賃金を払うことや環境に配慮することは企業として当たり前なことですよね。そんなこともあってandu ametはフェアトレードやエシカルを前面に出していませんし、そういうお店やイベントにも一切卸していません。

 エチオピアを始めとする多くのアフリカの国では電気や水やインターネットがなかったり、教育や保健衛生上の問題を抱えてたりするけれど、一人一人と話していると皆とても幸せそうに見えるんです。何か問題があっても大抵「ノープロブレム!」って笑って、本当にそれで済んでしまう。貧しいアフリカのために先進国から来た私が助けているのではなく、むしろ彼らのパワーや情熱、おおらかさなどに私の方がいつも学び、助けられています。そういうアフリカのパワーやオーラを製品にも目一杯注ぎ込み、人々から是非にと望まれるようなかけがえのない製品を作って、お客様には「最高品質のバッグ」と「幸福」を、作る人には技術や収入はもちろん最高品質のものを作る「喜び」と「誇り」を提供していきたい…それが私の目指すフェアトレードなんです。

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